2020年12月から2021年1月にかけて到来した大寒波の影響で電力使用量が跳ね上がり、「電力不足」と、それに伴う「電力市場高騰」が大きな問題になりました。
電力市場価格は1月に入ると1日平均で100円/kWhを超える日が続出し、1月13日には1日平均の最高価格である154.6円/kWhを記録。そのわずか2日後の1月15日には一時的ではありますが、過去最高値の251円/kWhまで上昇しました。1月17日には経済産業省がインバランス価格に上限を設けたほどです。
2018年12月〜2020年11月までの2年間の平均が7.0円/kWhということを考えれば、どれほど異常事態であったかお分りいただけると思います。
出典:経産省 電力・ガス基本政策小委員会 2021年1月19日資料
ようやく落ち着きを取り戻しつつありますが、いまだに、「電気代の値上がり」や「停電」、「今後の動向」等についての不安はつきません。
なぜこのような問題が起こったのでしょう?
私は不思議で仕方ありませんでした。新電力おおいた様のコラム記事を担当し、電力について曲がりなりにも勉強してきたからこそ、大寒波だけが原因であるとは到底思えなかったのです。
そこで、今回の電力市場高騰について、新電力おおいたの山野社長に独自取材を敢行し、その原因をライターとして探ってみることにしました。
ここではその結果、私が感じたことを
・全国に10社ある【大手電力会社(大分の場合、九州電力様)】
・2016年の電力自由化以降、電力事業に参入した【新電力】
双方の視点に立って解説してみたいと思います。
電力が逼迫した理由。〜大寒波だけが原因ではない〜
まずは電力不足の原因を詳しくみていきましょう。
主な理由は3つ考えられます。
①電力需要の増加
冒頭でもご説明しましたが、12月下旬から1月上旬にかけて、数年に一度レベルの非常に強い寒気が流れ込み、暖房器具の使用量や、使用時間が急増しました。
北陸電力や東北電力管内では電気使用率が一時的に99%まで上昇し、全国的に見ても90%を超えるところが続出。3月上旬現在の電気使用率は80%程度ですから、これは需給が逼迫したといえます。
出典:電力広域推進機関「系統情報サービス・でんき予報」
また、電力需要の増加にはコロナ禍も影響しています。自粛要請や、テレワークの推奨で、家庭の電気消費量が増え続けているのです。
②LNG(液化天然ガス)在庫の不足
全発電量の約8割を火力発電でまかなっている日本にとって、【火力発電の燃料になるLNG不足】は非常に深刻な問題です。
想定外の寒波に加え、パナマ運河の渋滞問題などLNGの国際的な物流網に遅れが出ている。複合的な要因が重なり、LNGの不足につながった。発電電力量の約4割をLNG火力に頼る日本に及ぼす影響の大きさが顕在化した。
参照元:日経新聞「LNG不足のなぜ 生産・物流混乱が壁 電力需給逼迫で」
LNGはほぼ全量を輸入に頼っているため、今回のLNG不足には電力需要の増加以外にも、
- 新型コロナウィルスの影響によるパナマ運河の渋滞
- 他国のLNG買い占め
- 産ガス国での生産設備トラブル
などさまざまな外的要因が複雑に絡んでいますが、それだけでここまで逼迫した状況になった訳ではありません。
一番の原因は日本の電力事業者が「LNG」の在庫を把握していなかったことなのではないかと考えます。
これは、“電気の市場”である日本卸電力取引所(JEPX)が、LNGの在庫量を非公開にしていることに起因します。
以下のグラフで、LNGの備蓄量の推移を見ることができますが、これも、国が大手電力会社に申告させて出てきた値なのです。
非公開にすることがなぜ電力市場の高騰につながるのかは、後述する新電力目線で見る「電力市場が高騰した背景」をご覧ください。
出典:旧一般電気事業者へのヒアリングを元に資源エネルギー庁作成
③火力発電所の停止増加
【火力発電所】とりわけ石油火力発電は他の発電方法に比べると、発電コストの高い、いわゆる効率の悪い発電所です。
また、【火力発電所】は石油、石炭などの化石燃料※を使うため、環境面への影響も懸念されています。
この2つの要因に加え、老朽化した施設も多いことから、発電情報公開システムに公開されている通り、近年【火力発電所】を停止する大手電力会社が増えています。
発電情報公開システム
https://hjks.jepx.or.jp/hjks/
※火力発電に使われるLNG(液化天然ガス)も化石燃料ですが、石油、石炭に比べ、二酸化炭素や公害物質の排出が少なく、環境性に優れた燃料とされています。
出典:第28回電気・ガス基本政策小委員会(2020年10月30日)資料7を一部修正
電力自由化以降、電力業界には“自由競争”が生まれました。大手電力会社も当然例外ではなく、効率の悪い発電所の停止は、競争に勝ち残るための“手段”であるとも考えられます。
①〜③の他にも、いくつかの要因が考えられますが、大きく影響したのはこの3つです。
新電力目線で見る「電力市場が高騰した背景」
まずは【新電力】の目線で見ていきます。
電力市場が高騰した原因は、簡単にいえば需要と供給のバランスが崩れたからです。
バランスが崩れたのは、先ほど説明した「電力不足」だけが原因ではありません。そこには電力が売り買いされる“市場”の仕組みが関係しているように感じられます。
電力が売り買いされる“市場”の仕組み
電力自由化以前は、【大手電力会社】が発電、送電、小売という3つの事業を一貫して行なっていました。
しかし、電力自由化により、この3事業がそれぞれ独立。要はそれまで【大手電力会社】が独占していた“電力”を自由に売り買いできるようになったのです。
それに伴い設立されたのが、日本卸電力取引所(JEPX)という“市場”です。
電力事業者はこの市場で電力の過不足分を販売・調達できるようになりました。
主な売り手はいうまでもなく、大規模発電設備を持つ【大手電力会社】で、買い手は【新電力】です。
ただし、市場には公平性が求められるため、【大手電力会社】も、自社で作った電気を市場で買い戻すという方法を取っています。
魚の卸売市場のようなものですが、一つ決定的な違いがあります。魚は自然界のものですから漁獲量をコントロールすることはできませんが、電力は作る量、売り出す量をコントロールすることができます。
さらに、先ほど述べたように、市場で売り出される電力に関しては非公開の情報が多く、買い手である【新電力】は発電のための原材料の残量等を把握することができません。
電力市場が「完全なる自由競争とは言い難い」といわれている原因のひとつがコレです。
市場の仕組みを踏まえた上で考えられる、電力市場高騰の原因
出典:経済産業省 電力・ガス基本政策小委員会 2021年1月19日 資料
需要(買い入札/グラフ赤線)の増大に伴い、電力の安定供給を公平な立場で管理する「電力広域的運営推進機関」は、1月6日付で複数の大手電力会社に対して
- 発電設備を最大出力で運転すること
- 本指示によって生じた発電余剰分を市場に投入すること
という指示を出しました。
参照元:電力広域的運営推進機関「今冬の電力需給ひっ迫時の広域機関の対応」
しかし、指示以降も、市場の売り入札(グラフ青線)が増えることはありませんでした。
発電量が増えた(と予想される)にも関わらず、市場には売りにだされないという、不可解な現象が発生したのです。
そしてこの圧倒的な電力不足が、買い手による“電力の買い付け騒動”を生み、電力市場の高騰が起こりました。
市場の不透明性が今回の「通常ではありえないほどの電力市場高騰」を招いたといえるのではないでしょうか。
今回の異常といえる高騰を受け、新電力56社が経済産業省に「需要・供給曲線や予備力、燃料在庫状況など」の公開を求めた要望書を提出しています。
昨年末から起きている電力市場の価格高騰に対して、56の新電力会社は1月19日、共同で梶山弘志経産相に要望書を提出した。
参照元:alterna「電力の異常高騰、新電力56社が経産相に要望書」
新電力の弱点
これまで新電力への乗り換えに関しては“デメリットがない”とされ、「電気代が安くなる」「サービスが向上する」など、いいところばかりがPRされてきました。
もちろん、間違いではありません。しかし、新電力の多くは“市場で電気を購入する側”であり、このような不測の事態(=市場価格の高騰)が起こった際、非常に弱い立場に立たされることになります。
実際、今回の電力市場高騰を受け、多くの新電力は「電気を売れば売るほど赤字になる」という厳しい状況に陥りました。
ただし、その影響が消費者へ及ぶかどうかは、プラン次第。少数ですが、あらかじめ対策を練っていた新電力もあります。これは後ほど「消費者への影響」で説明します。
大手電力会社目線で見る「電力市場が高騰した背景」
【新電力】目線で見ると、日本卸電力取引所(JEPX)という“市場”では、売り手である【大手電力会社】が圧倒的に有利であるかのように感じます。
しかし、電力自由化以降、大手電力会社にとって厳しい状況が続いています。
大手電力会社にとって厳しい状況が続く理由
①新電力に顧客が流れている
電力自由化によって、消費者は自由に電力会社を選べるようになりました。
【新電力】は、価格の安さや、さまざまなサービスを武器に、【大手電力会社】の顧客を取り込もうと精力的に動いています。
特に、高圧(中小企業、コンビニなど)や、低圧(一般家庭など)分野のシェアを広げています。
これはいうまでもなく【大手電力会社】にとっては由々しき事態です。
出典:電力ガス取引監視等委員会 電力取引報
②資本費を発電コストに入れることができない
【大手電力会社】が有する発電施設の建設には、膨大な費用がかかっています。
しかし、現在のルールでは、建設にかかったお金=資本費を発電コストに入れることができません。
また、2018年11月〜電力高騰直前の2020年10月までの2年間、日本卸電力取引所(JEPX)九州エリアプライスは、平均6.5円/kwhで電力の売買が行われていました。この間、【新電力】は大きな利益をあげていたと考えられます。
利益の中から資本費を捻出する必要がある【大手電力会社】にとって、この状況は決して平等とは言い難いのです。
出典:日本卸電力取引所(JEPX)九州エリアプライス
③需要の見極めが難しい
「電力が逼迫した原因」でお話しした、LNG(液化天然ガス)の在庫を抱えるのは、当然、売り手側である【大手電力会社】です。
しかし、LNGは2ヶ月ほどしか保存できません。市場における需要を見誤ると大きな損失を出すことになります。過去には130億もの損失を出した事例もあるほどです。
再生可能エネルギーの拡大策も、電力会社の業績に影響する。
中間決算で九電は、130億円ものLNG売却損を計上した。急速な太陽光発電の普及によって、LNGの「在庫」を抱えたためだった。
参照元:産経ニュース「九電中間決算 LNG「在庫」で売却損、減収減益で通期も下方修正」
今回LNG不足に陥ったのは、そういうリスクを避けるために、【大手電力会社】がLNGの在庫をギリギリにしていたという可能性も考えられます。
電力自由化以降、【大手電力会社】は「電気の安定供給」という責任を背負わされたまま、①〜③に対応することを余儀なくされました。
このような事情を背景に、【大手電力会社】は減益に苦しんでいるところも多いのです。
出典:大手電力(旧一般電気事業者)各社HPより
「新電力目線」のところで、電力市場高騰の原因の一つに、市場の不透明性があると書きましたが、発電事業者側にも現在の日本の電力卸市場に対する不公平さは言い分がありそうです。
今回の電力市場高騰が消費者に及ぼす影響
ここまで電力不足の理由と、電力高騰の背景をお話ししてきましたが、読んでいる皆さんが一番気になるのが、「消費者への影響」でしょう。
「新電力と契約していると何倍も電気代が高くなる」という噂もまことしやかに囁かれ、心配した方も多かったと思います。
しかし、新電力と契約しているからといって、必ずしも影響があるわけではありません。どんなプランで契約しているかによります。
【影響がある】市場連動型プランで契約している消費者
市場連動型プランでは、“市場”、つまり日本卸電力取引所(JEPX)の市場価格に連動して電気料金単価が決まります。
市場連動型のメリット
- 安いプランが多い
市場連動型プランは、“市場価格が安定していること”が条件にはなるが、年間を通せば一般的なプランより安くなる場合が多い - 節電がしやすい
市場価格が安い時間帯(需要が下がる深夜〜早朝)に電気を使うことで、電気代を安く抑えることができる
市場連動型のデメリット
- 市場価格の高騰がそのまま反映する
今回のように市場価格が高騰すると、電気代は跳ね上がる。夏、冬など、電気の需要が上がる季節も割高になりやすい。
市場連動型プランでは、今回の電力高騰を受け、電気代が数倍に跳ね上がったケースもあります。
しかし、全ての【新電力】がこの市場連動型プランを導入しているわけではありません。比率にすると全体の2%ほど。電力高騰騒動で影響を受けた消費者は実は少数なのです。
【影響がない】市場連動型プラン以外で契約している消費者
市場連動型プラン以外で契約している人は、市場価格がどれだけ高騰しようと、基本、影響を受けることはありません。
この場合、高騰した市場価格と、契約者が支払う通常の電気代の差額は、【新電力】が負担します。
【新電力】は、契約者に対して「電力供給の責任」があるため、「今は高いから買うのをやめておこう」と、買い控えすることもできず、電気を売れば売るほど赤字になるという負のスパイラルに陥ることになります。
今回の電力高騰騒動では、高騰期間に無理をして高い電力を買い続けた結果、経営危機、倒産に追い込まれた【新電力】も出てきております。
【新電力おおいた】の例に見る、新電力の対策
このように新電力は、市場価格に影響を受けやすいという弱点を抱えています。
今回の騒動は一応収束しましたが、日本の電力市場は未成熟であり、今後もこのような危機が訪れないとも限りません。
そのため、独自に対策する新電力も出てきました。その中の一つが、大分県の新電力【新電力おおいた】です。
【新電力おおいた】は、「市場連動型プラン」を導入していません。そのため、高騰した市場価格と、契約者が支払う電気代の差額は、全て【新電力おおいた】が負担しています。
それでも今回、経営危機に陥ることはありませんでした。何故なのか?その理由を見ていきましょう。
【新電力おおいた】のリスクヘッジ
◯情報収集
電力市場高騰以前から、大手電力会社の状況、市場の動向を詳細に調べていたため、「電力市場の高騰はいつか起こり得るもの」という心構えがありました。
そのため、今回の高騰もいち早く状況をキャッチし冷静な対処をしております。
◯市場調達を減らし、相対電源の比率を増やしていた
相対電源とは、市場以外で調達した電力のことです。市場で調達するより割高になる場合が多いのですが、相対電源の比率を上げておくことで、市場価格が高騰しても損失を抑えることができます。
【新電力おおいた】は市場の動きを見て、一時、9割を占めていた市場調達の割合を減らし、相対電源の比率を上げました。そのため、損失を最小限に抑えることができたのです。(ただし、今回の異常ともいえる1ヵ月に渡る高騰は、それなりに損失は出ております。)
今後もその動きは続け、最終的には市場調達の割合を1割※に抑えることを目標としています。※電力消費量が増え、高騰の危険がある夏、冬に関して
◯親会社の財務的支援
相対電源を組み入れていても今回の異常といえる高騰には緊急的な資金が必要でしたが、親会社(株式会社デンケン)の全面的なバックアップにより財務健全性は保っておりました。
リスクを避けるために、消費者にできること
今回の電力高騰は消費者にも少なからず影響を及ぼしました。
- 市場連動プランにしていた人
高騰した1月の電気代が数倍に跳ね上がった
- 電力高騰の影響で倒産した新電力と契約していた人
新たな電力会社と契約する手間が必要になった
このようなリスクを避けるために、消費者にできることは「信頼できる新電力を選ぶ」ことではないでしょうか。
どんな企業使命を持っているのか、どんなところと取引しているのか、どんなリスクヘッジを取っているのか…。地域貢献活動などもその企業ポリシーに関わる部分であり、大きな判断材料になると思います。
新電力を選ぶメリットは大きいですが、今回のような弱点もあるということをしっかり理解しておく必要があるのだと、今回の取材で痛感しました。
さまざまなメリット、メデリットを考慮した上で、大手電力会社か、新電力か、新電力の中でもどこにするのか選択することが重要です。